【婚活小話】アヤカの誤算
(2021年7月13日更新)
結婚をテーマにした小話です。
婚活の箸休めに御覧ください。
アヤカには、長く付き合っている彼がいた。
学生時代からの付き合いだから、かれこれ6年ほどになるだろうか。
彼は、人なっつこい笑顔と日本人にしては明るい髪が印象的な爽やかな男だった。
見た目がいいせいか、よく女性に声をかけられていたが、他には目もくれずアヤカ一筋で、誠実でいい男と言えた。
「アヤカは愛されてるよね~。羨ましいわ」「ホント。私もあんな彼欲しい~」
いつも友達に羨ましがられるほど、外見も性格も自慢の彼だった。
何年かの楽しい学生時代を経て、アヤカも彼も就職して将来のことを考えなければならなくなった。
遊んでばかりはいられなくなっていく。
現実だ。
アヤカは名駅に本社のある自動車関連会社に就職した。
一方、彼も地方銀行に就職したが、水が合わないと言って数年で退職した。
「2年もたたないで辞めるなんて!石の上にも三年っていうじゃない。そんな辞め方じゃ、次の就職なんて最初よりずっとランクが落ちるんだから。なんで相談してくれなかったのよ!」
「私たち、何年付き合ってるのよ!そんなに私って信頼なかったわけ?」
彼女には珍しくヒステリックに彼を責め立てた。
彼は一言も反論せずに黙って聞いていた。
眉間にしわを寄せて、何か言いたいことがあって口を開きかけたが、諦めたのか口をつぐんだようだった。
ちょっと寂しそうな悲しそうな眼をした彼を見て、傷つけてしまったと一瞬感じたが、その時は怒りで彼を思いやる程の余裕はなかった。
アヤカには思い描く人生があったからだ。
彼が銀行に就職が決まって、自分もそこそこ大手に就職できた。
高給ではないが、安定した企業で働いているのだから、結婚して二人で働けば、経済的に不足なく子どもも持つことができるだろう。
彼がそのプランから外れることはアヤカにとって、計算外だったのだ。
彼の言い分を聞くことなく、一方的にアヤカは怒りをぶちまけ、話をすることなく別れた。
この時を境に、お互いに気まずくなり、会う機会は少なくなっていったが、それでも彼は欠かさずアヤカを気遣うメールをくれ、会いたいと言ってくれていた。
アヤカは学生時代のような気持ちを彼に持つことができず、メールを返すのも少なくなっていった。
そんな時、家に遊びに来ていた母の友人が、
「アヤカちゃんに会わせたい人がいるのよ。私の甥なんだけれど、一宮の病院で医者をしているの。忙しくて彼女できないらしいのよ。一度会ってみない?仕事熱心な誠実な子よ」
と、突然切り出された。
いつもなら、どんな話でも速攻で断っていたけれど、今回は受ける気になっていた。
「アヤカちゃん、彼氏いるの?」
その言葉に、私は首を横に振っていた。
「じゃ。一度会ってみてよ」
母の友人は、甥という人に早速メールして、話はどんどん進んでいき、有無を言わさず次の日曜日に会うことになった。
会ってみれば、年が離れているせいか、エスコート上手な落ち着いた男性だった。
異性として意識する人ではなかったけれど、対応も丁寧で、大切にされている気がして居心地がよかった。
気がつけば何回もデートを重ねていた。
2ヶ月程たった頃、その人は、この界隈では、美味しいと評判のイタリア料理店に予約を取ってくれていた。
繊維で財を成したという金持ちの本宅を改装した、豪華な中庭付きの洒落たレストランだった。
料理も終盤に差し掛かかり、デザートが出たところで、
「アヤカちゃん、ちょっと早いと思うけど、僕でよかったら結婚してくれませんか?」
その人は、緊張した面持ちながらも、落ち着いた穏やかな笑顔でアヤカにプロポーズした。
学生時代に思い描いていた人生ではなかったものの、誰もが羨む結婚であることは確かだ。
お互いのことはまだよくわからないし、あまり会話を交わすことがなかったけれど、こんな人生もいいかもしれないとアヤカは思い始めた。
今、アヤカは子どもが2人いる母親になった。
夫は今や内科部長だ。
年収も普通の会社員の数倍はある。
しかし、夫は時々帰りが深夜になるときがある。
最近はそれが頻繫になってきた。
遅く帰って来た時は、家で使ったことのないソープの匂いがする。
小さな子を育てながら、帰ってこない夫を待ち、途方に暮れる。
だけど、そんなこと誰にも言えやしない。
だって、私はみんなが羨む結婚をしたんだから。
でも、どこかで間違ったのかもしれない。
いったい何がいけなかったのだろうか?